十人十色の「子育て文化」がもたらすもの ーカメルーンとドイツの違いから

先日、ある文献を読んでいてとても面白いなと思うエピソードがありました。


それは、ハイジ・ケラーさんというドイツの著名な発達心理学者による論文[1]でした。あるとき、彼女の教え子のひとりが出産され、研究室のメンバーで産院へお祝いに訪れたそうです。


誕生した赤ちゃんはとてもかわいらしい女の子で、みんな一目で恋に落ち、見つめたり話しかけたりしながら和やかに過ごしていました。すると突然、メンバーのひとりであるカメルーン人の女性研究生が血相を変え、一体何をしてるのと言わんばかりに赤ちゃんを抱きあげ、リズミカルに揺らしながらあやしはじめたそうです。



そのカメルーン人女性の行動に、そこにいた全員が衝撃を受けました。一方、カメルーン人女性のほうも、その他全員の様子に驚いたのであろうことが想像できます。


ケラー氏によれば、ドイツでは小さな子どもに対し、おもに言葉や表情で愛情を示すのが一般的だそうです。一方のカメルーンでは、たとえそれが誰の子であろうと、しっかりと体を触れ合わせることで愛情を示すのがあたりまえだそうです。


このことから、ケラー氏は子育てがいかに文化的なプロジェクトであるかということを指摘しています。もちろん、子どもの生理的欲求を満たしたり安全を保証したりすることは、いたって生物学的な営みです。しかし愛情やしつけなど、子どもへの関わりという点では、住んでいる社会の影響をとても受けやすい(=文化的)と言えます。


私自身、いくつかの国で子育てのあり方を見てきて、このことをおぼろげながらに感じてきました。


たとえば今住んでいる中国では、子どもを連れて歩いていると、まったく知らない人からよく道端で話しかけられます。話しかけられるだけでなく、バスのなかで知らないおばあちゃんが子どもを膝に乗せてくださったり、道端で会ったおばあちゃんが子どもを抱っこしてくださったりなど、身体的な距離感もかなり近い気がします。この点では、先のドイツとカメルーンの例でいうと、カメルーンの文化により近いかもしれません。ちなみにおばあちゃんだけでなく、通りすがりの会社員の男性や工事現場のおじさんなど、あらゆる属性の方が気軽に子どもに関わってくださる雰囲気があります。



一方、その前に暮らしていたフランスでは、よりドイツの文化に近かった印象を受けました。もちろんフランスでも、街中で大人が知らない子どもに話しかける場面はよくあります。でもいきなり膝に乗せたり抱き上げたりということはあまりありません。ちなみにフランスではあいさつの時に互いの両頬にキスをする習慣がありますが、これも基本的には知り合い同士でするもので、道端で会った相手(ましてや子ども)にすることはあまりないと思います。体のふれあいよりも言葉や表情で優しさを表すという点では、カメルーンよりもドイツのほうにより近い気がします。



このように、国や地域によって子どもへの関わり方は大きく異なります。さらに同じ国でも地域によって違ったり、それぞれの家庭や親によっても異なりますよね。


そう考えると、子どもに豊かな人生を歩んでほしいと願うなら、親子でいろいろな人と関わる機会を作るのがひとつの方法だという気がしてきます。


もちろん、安全を保証するためにも、相手の人柄はしっかり見極めるべきです。そのうえで、より多様なバックグラウンドの人々に関わってもらうことは、親だけでなく子どもにとっても有益なことではないでしょうか。


実は、さまざまな人との関わりが子どもにもたらすメリットは、すでに多くの研究によって証明されています。


たとえば家族以外の第三者が関わることで、子どもの虐待や死亡のリスクが減ることがわかっています。また子どもの孤立を防ぎ、子ども自身がよりよい人生を生きることに貢献することもわかっています。さらに、精神面の発達や学力の向上にもよい影響をもたらすことがわかっています。このあたりの詳しいことは、次回の投稿で触れられたらと思っています。


もちろん日本で普通に子育てをしていくなかで、ドイツやカメルーンのように多国籍の人々とふだんから関わるのは難しいかもしれません。しかし国籍や民族だけでなく、人生経験や価値観など、人を形づくるあらゆる要素に多様性は存在します。その地域で出会える人との縁を大切にしていくこと。彼らと血の通った交流を紡いでいくこと。その積み重ねが、親子にたくさんの宝物をもたらしてくれる可能性に、あらためて気づかされた論文でした。



参考文献

[1] Sokol-Chang, R. I., Burch, R. L., & Fisher, M. L. (2014). Cooperative and competitive mothering: From bonding to rivalry in the service of childrearing. In M. L. Fisher, (Ed., 2017), The Oxford handbook of women and competition (pp. 505–528). Oxford University Press. https://doi.org/10.1093/oxfordhb/9780199376377.013.29

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