森谷真弓さん(フリーアナウンサー・インタビュアー 2児の母)
東京メトロやゆりかもめをはじめ、全国鉄道の車内アナウンスを担当する森谷真弓さん。毎日の通勤通学はもちろん、旅行や出張先などで一度は彼女の声を聞いたことがある方も多いのではないでしょうか。
私生活では2児の育児に奮闘しながら、東京メトロの「声」を守り続けるための努力を惜しまない森谷さん。子育ての瞬間を味わいながら常によい状態で仕事に臨むためには、自分自身のコンディションを保つことが重要と語ります。最終回となる今回は、森谷さん流のコンディショニング術や、目下目指しているという「自分にもまわりにも優しい子育て」について伺っていきます。(全3回)
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孤立を防ぐためひたすら出かけた産後
森谷さんが第一子を出産したのは、声に関わる分野で活躍の幅を広げていた2018年のことでした。以来、子育てをしながらアナウンスの仕事に向かう日々がはじまります。子育てがはじまったころの様子を森谷さんはつぎのように振り返ります。
「子育てをしたことがないのに、いきなり本番が来たという感じで。右も左も分からず、ひたすら責任とプレッシャーを感じていました。不安を抱えていることを誰かに打ち明けてよいのかもわからず、幸せだけど心細かったことを覚えています」
子どもは日々元気に成長していくけれど、気持ちがなかなかついていかなかったと当時を振り返る森谷さん。そんな状況を変えるために行動を起こします。
「産後6ヶ月を過ぎたあたりから、子どもを連れて積極的に外へ出かけるようにしました。孤独にならないよう、とにかく誰かと会話をしようと。近所の児童館やコミュニティ施設で親子向けのイベントをたくさんやっていたので、何曜日はここ、何曜日はあそこという感じでびっしり予定を入れていきました。そこで一緒になったママさんに声をかけて、また一緒に遊びに行く約束をしたり。施設の職員さんや他のママさんたちから、子どもへの接し方や子育ての知識をたくさん学びました。また同じ境遇のママさんたちと共感し合うことで、前向きな気持ちを取り戻し、より安心して子育てに向かうことができるようになったと思います」
家事の時間も「人とつながる時間」に
産後期から社会とつながることを大切にしてきた森谷さん。外出先だけでなく、家にいるときもできるだけ人とつながるようにしているそうです。なかでも家事の時間は、森谷さんにとって貴重なコミュニケーションタイムになっているそう。
「よく家でも誰かと携帯でしゃべりながら家事をしたりしています。たとえばママ友さんやきょうだいとテレビ電話をしながら、洗濯をしたり、食器を洗ったり。いわゆる『ながら家事』ですね。最近は育児に関するプロジェクトを一緒にやっている仲間とオンラインで打ち合わせをすることもあります。家事ってついひとりで黙々とする時間になりがちですが、こうした時間を利用して大人と会話をすることで、ワンオペ育児の負担軽減にもつながっています」
ひとりになりたいときは充電時間も持つ
一方、疲れているときは極力無理をしないよう心がけてもいるそうです。
「もともと人と会うのは好きなほうですが、生活していると当然気持ちの波もあります。朝起きて自分の心と身体に向き合い、今日の予定が負担だと感じたときは、一人の時間を作りメンテナンスするようにしています」
自分が無理をしない分、まわりにも気を遣わせないよう森谷さんなりに工夫していることがあるそうです。
「自分を大切にしているからこそ、お相手の方も充電が必要だなと感じたときは予定変更の提案をすることもあります。『本日、自分メンテナンスタイム!』みたいに、もっと気軽に言い合える世の中になるといいなと思いますね。あと普段から気を遣う素振りをまわりに見せないようにもしています。こちらが気を遣うとまわりも気を遣ってしまうと思うので。社交辞令なども短めのタイプです」
忘れ物をしてもきっと誰かが貸してくれる
人付き合いにとどまらず、家事や生活全般でも無理をしないことがモットーだそう。
「まず、やらなくていいことはやらないと決めます。多少部屋が散らかっていてもいいし、急いで片付けなくたっていい。イライラしながらやるくらいなら一旦脇に置いて、気分が乗ったときにやったほうが上手くいくこともありますし。もちろん食事の支度のように誰かがやらなきゃいけない事もありますが、そこも適度に手を抜いたり、デリバリーや外食を活用したりしながらやっています」
頑張れば一人でできそうなことでも、あえて小さく声を上げてみることもあるそう。
「頑張ればできてしまいそうなことでも『まずは誰かに何か頼めないかな?』『これなら相手ができそうかな?』と想像し、期待せずとりあえず気軽にお願いしてみることにしています。たとえば忘れ物をしたって、言えばきっと誰かが貸してくれるじゃないですか。そこでのコミュニケーションも楽しめますし、それが奇跡的な出会いにつながるかもしれない(笑)。私も相手に対して常に『いいよ』と言える人でありたいし、頼ってもらえる存在でありたいと思っています。不思議なのですが、そういう思いで人と接していると、周囲にもそういう人が増えていく気がします」
自分を認めるハードルを極限まで低くしていった
私生活も育児も、ほどよく力が抜けた向き合い方が魅力的な森谷さん。しかしそうしたスタンスにたどり着くまでには、長い道のりがあったそうです。
「私も最初はまったく力を抜くことができない時期がありました。人と自分の子育てを比べて落ち込むこともありましたし。でも途中から考え方を変えるようにしたんです。できていない部分じゃなく、できた部分に目を向けようと。まずは自分を徹底的に褒めることからはじめました。もう『今朝も起きられた、えらい!』ぐらいのところから。結構、朝起きるなんて当たり前のことだと思うじゃないですか。ママだったら毎朝起きて、子どもたちを時間通りに送り届けることができて当たり前だって。でもそれって決して簡単なことではないんですよね。だから、今朝も起きられた自分、えらい! って。誰かのために頑張ってる自分、えらい! って。そんなふうに自分を認めるハードルを極限まで低くしていきました」
一見ネガティブに捉えてしまいそうなことでも、見方を変えればポジティブになることはたくさんあるといいます。
「たとえば子どもが『幼稚園に行きたくない』と言う日がありますよね。なんとか行ってもらおうと努力はするけど、無理なときもある。そんな日も自分を責めるのではなく、少し見方を変えて『子どもと過ごす時間ができた』と捉えることもできるじゃないですか。誰にも会わない一日があったとしても、『そのぶん自分の時間が取れた』って。それぞれの選択の裏には、いつも自分なりにいろいろと考えた時間があることを忘れずにいたい。そんな自分も含めて肯定したいと思っています」
『自分にもまわりにも優しい子育て』が広まればいい
子育てをきっかけに、仕事と私生活の両面で大きな変化を経験してきた森谷さん。今後やってみたいことや、将来の展望についてお伺いしました。
「今後仕事でやっていきたいことはおもに2つあります。ひとつはタイミングが合えばいつかラジオ番組を持ちたいということ。もうひとつは、インタビュアーとしての仕事を広げていきたいということです。もとから誰かの人生や思いに触れることが好きで、人生のストーリーを聞くことに興味があるんです。普段なかなか表に出ない子どもたちの声や表現も拾っていきたいですね。今年から教育機関や行政などと協力し、AI時代を生き抜く子どもたちに必要な力(非認知能力等)を育むことに特化した親子イベントにも力を入れています。参加者一人ひとりの言葉や表現をすくい上げ、その方ならではの個性を引き出し、互いに肯定しあえるような場を作っていきたいと思っています」
最後に、おなじく子育てに奮闘するママやパパたちに森谷さんからメッセージをいただきました。
「女性にとって妊娠出産は大きな節目です。心も体も疲労困憊のなか、想像もつかない子育ての日々が急にはじまります。私も家族が増えて幸せな生活を思い描いていましたが、いざ子育てがはじまると寝不足はもちろん、愛する子どものために神経を遣って疲れることも。生活のさまざまなことが思い通りにできず、イライラしたり、自信をなくして夜な夜な涙したりした日もあります。だからこそ、私がいま目指しているのはとにかく自分自身にマルをすることです。無理をしなくていいところは力を抜いて、声を上げられるところは上げていく。そんな風に自分に優しくすることで、今を味わう余裕ができ、自然とまわりにも優しくできるようになります。人とのつながりのなかで、持ちつ持たれつの関係を築きながら、子どももまわりも自分もみんな大切にしていく。そんな『自分にもまわりにも優しい子育て』 をみんなでして、今しかない瞬間や子育ての醍醐味を味わっていくことができれば素敵だなと思います。頑張らないといっても、ママたちは結局頑張ってしまうじゃないですか。だからこそ、意識をして自分にマルをする。人はみな幸せになるために生まれてきたはずですから。『今日も私生きてる、すごい!』『洗濯と掃除あとでやることにした、花マル!』と、自分を責めず優しくいられるような育児が広まるといいなと思います」
取材・文・編集:岸 志帆莉
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