大学で看護学の研究に携わっている田村晴香さん。プライベートでは3児のママとして、周囲の人々とうまく関係を築きながらチーム育児を実践されています。
保健師として長く子育ての現場に関わってきた田村さんいわく、日本のママには「受援力」が足りないといいます。子育て中の人こそ「助けて」と言える力を育んでほしいという田村さんに、そのような思いに至った背景や、ご自身の子育てにおける実践などについても伺いました。
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一度も笑わなかった双子のママさん
子育ての現場でさまざまな境遇のママに寄り添ってきた田村さんには、もうひとつ忘れられない出会いがあります。保健師として駆け出しだったころ、ある双子のママのご自宅を訪問したことがありました。そのときのことを「今でも心残りになっている」と振り返ります。
「その方は30代で双子を出産されたママでした。赤ちゃんたちがかなり早く生まれてきて、体重的にも生命が維持できるギリギリのラインで、しばらく入院になっていたんです。それで半年くらい経ったころ、ようやく赤ちゃんが退院されたということで、状況を見に伺ったときのことでした。いざ赤ちゃんたちの体重を量ったら、ほとんど増えていなかったんですね。お母さんもすごく不安そうで、イライラしていて。きっと睡眠もろくにとれず、産後で体も大変ななか、自分を責めたりいろんな思いを抱えながら子育てを頑張ってこられたんだと思います。そんな状況であらためて赤ちゃんの体重の話になって、すごく不安になられたんだと思うのですが、突然『じゃあ私はどうすればいいんですか』と激昂されたんです。頑張っているけどうまくいかないんです、これ以上どうしろって言うんですか、って。病院にあらためて相談されてはどうですかと言っても、病院からは家でこうしろと言われている、それも全部やってますと。結局、訪問のあいだそのお母さんは一度も笑いませんでした。もちろん、こちらもさまざまなケースを想定していろんな準備をしたうえで伺ったのですが、結果としてあまりいい支援はできなかったと思います」
彼女の姿を通して田村さんが痛感したのは、人に助けを求めることの難しさでした。
「そのお母さんを見ていて気になったのが、まわりにうまくヘルプを出せていない様子だったことです。夫はいましたが、他に誰かに頼っている様子もなくて。ママ友さんもあまりいなかったと思います。ただ、それにも理由があったんです。後から知ったのですが、やっぱり当時赤ちゃんの体が小さかったから、人から月齢を聞かれるのも嫌だったみたいで。それを避けるために、子育て関連のサークルやイベントにもあまり顔を出していなかったようです。当時、お母さんに少しでも休息をとってもらえたらと一時保育を提案したり、ファミリーサポートの連絡先を伝えたりしたこともありましたが、あまり乗り気じゃなかったのはそういう事情も関係していたのかなと思います。でも彼女はその後、ご自身の殻を破って外に出かけて行くようになったと別の人から聞きました。いま思い返しても心残りの部分はありますが、そのことを聞けたのは救いでした」
田村さんいわく、彼女のように不安や怖れから内にこもり、周囲にヘルプを出せなくなるケースは決して珍しいことではないそうです。
「私のまわりでも、まさにそういう壁に突き当たっている友人がいます。彼女はいま二人の幼い子どもたちを一人で育てていて、とにかく大変なのですが、先日会ったときもすごい剣幕で子どもたちに怒鳴っていて。これはまずいと思い、さりげなく一時保育などを提案してみましたが、『使わない』の一点張りでした。実は彼女は保健師で、本来は制度もなにもかも知っているはずなのですが、今は外からの支援を受け入れることも難しいのかもしれません」
このように、人と支援をつなぐことを専門としてきた人でも、いざ自分が当事者になると声を上げられなくなる場合があるのだそうです。しかし、人とつながりながら子育てをしていくことには多くのメリットがあると田村さんは考えます。
「人とつながりながら子育てをすることは、親はもちろんのこと、子どもにもよい影響をもたらします。たとえば親とは違うかかわりを通して子どもの長所を伸ばしてもらえたり、子どもの自立が促されたり。うちの子もよく一人でお友達の家に行ったりしていますが、そういう体験を重ねるなかで自立心が育ってきているように感じます。また人は誰もが大切にされる権利を持っていますが、まず親が自分自身を大切にし、人から大切にされる姿を子どもにも見せることで、人権にかかわる意識をともに育てていくことにもつながります。さらに子どもの自信や自己肯定感などの面にもよい影響があります」
では、人とつながりながら子育てをしていくためにはどんなことから始めればいいのでしょうか。田村さんいわく、まずは自分が「助けて」と言っていい状況だと自覚することが大切といいます。
「多くの人にとっておそらく一番難しいことは、まず自分が『助けて』と言ってもいい状況にあると認めることです。多くのママは、『まだ私は大丈夫』とか『私よりもっと大変な人がいる』、『まだ助けを求めるレベルじゃない』というふうに思いがちです。でも子育てって本当に大変だから、もっとみんな気軽にヘルプを求めていいと思うんです」
そのように語る田村さんにも、なかなかそれができない時期があったといいます。だから助けを求められないママの気持ちもよくわかる、と田村さんは補足します。
「私自身も3人目を産むまでは、たとえば産後ケアなども利用したことがありませんでした。産後ケアはもっと限られた人が使うもので、自分はそれに該当しないと思い込んでいたんです。でも3人目を産んでようやく気持ちが切り替わりました。私がその事業を利用することで、利用者数も保たれるし、利用者からニーズがあることが示されて事業の存続にもつながる、というように肯定的に捉えるようにしています。いまではファミリーサポートも利用していますし、宅配サービスや生協、時短家電などもフルに使いながら子育てをしています」
とはいえ、いきなり助けを求めることに不安を感じる人が多いのも事実です。もし助けを求めることに抵抗を感じるなら、まずは安心できる仲間と過ごして、本来の自分を取り戻すこともひとつの手だと田村さんは言います。
「まずは日常のなかで人とのつながりや絆を感じられるようになることが大切です。自分の弱いところもある程度出せて、敵にならないことが分かっていて、互いに支え合えるような安心できる仲間と過ごすことができれば大きな支えになります。それによって、冷静に客観的な判断ができる本来の自分に戻れたりします。また子育て支援と銘打っていなくても、じつは支援はあらゆるところに溢れています。たとえばご近所さんや街中のバスの運転手さんなども、見方を変えれば子育て支援です。私自身、いま一番頼りにしているサポートは同じマンションの友人たちと夫です。そうしたインフォーマルなサポートの存在に気づき、受け入れられるかどうかも受援力の向上に関わってきます。受援力は基本的に暮らしの中で鍛えられて身についていくもの、つまり育んでいくものです。私自身、はじめは受援力という視点を持たないまま育児をしてきましたが、ここ数年でその重要性を痛感し、いろいろとチャレンジをしているところです」
仕事とプライベートの両面で子育てに深く関わり、そのよろこびや難しさにも直面してきた田村さん。多くの親子を見つめ、彼らの幸せを願うなかでたどりついたひとつの解が受援力でした。最後に、子育てをしている人へ田村さんからメッセージをいただきました。
「子育て中のママたちの受援力が低い背景には、私たちが暮らす社会からの影響もあると思います。だから単純な道のりではありませんが、ママたちが受援力を身につけることで、自分も子どもも周囲もより幸せになれます。それに誰かを頼ることは決して悪いことじゃないという考えが広まっていけば、そこから社会が少しずつ変わっていくと思います。まずは『助けて』と言える力を育んでいきたい。私たちが互いに頼り合う姿を子どもたちに見せていくことで、新たな文化が広がるということを体現していけたらと思っています」
※個人情報保護の観点から、本文中の事例については一部情報を変更しています。
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